2019年1月29日

📕【児童文学】Onnelin ja Annelin kootut kertomukset:『オンネリとアンネリ』シリーズ全集

『オンネリとアンネリのおうち』( 📕【児童文学】Onnelin ja Annelin talo:『オンネリとアンネリのおうち』原作)、そして『オンネリとアンネリのふゆ』( 📕【児童文学】Onnelin ja Annelin talvi:『オンネリとアンネリのふゆ』原作)は、すでに電子ブックで読みました。

そのあと、日本語訳の本が紹介されているウェブページ( オンネリとアンネリのふゆ|福音館書店 )を見つけたのです。その本は、フィンランドで最初に出版されたときに使われていたのであろうイラスト付き。ほのぼのとしたイラストで、テキストだけの味気ない電子ブックで読んだのが悔やまれたのです。

『オンネリとアンネリ』シリーズは、日本語には2作品しか翻訳されていません。でも、実はもう2作あるのです。今度このシリーズを読むときには絶対紙の本で!と思っていたところで出会ったのがこの本。『オンネリとアンネリ』シリーズ全4作がまとめられている一冊です。図書館の棚で見つけて借りてきました。

Onnelin ja Annelin kootut kertomukset

表紙の絵を含めほのぼのとした挿絵は、シリーズ全作品ともに Maija Karma(マイヤ・カルマ 1914年~1999年)によるもの。

ストーリーは文字だけでも追えます。でも、これらの挿絵があるのとないのとでは大きな違い。そして、少なくとも私自身は、実写映画の写真に彩られた新版よりも、昔ながらの表紙・挿絵の本のほうが好き。

Onnelin ja Annelin kootus kertomukset
著者:Marjatta Kurenniemi
挿絵:Maija Karma
出版:WSOY, 2003年
収録されている作品。( ) 内は、それぞれの作品が最初に出版された年。
  1. Onnelin ja Annelin talo(1966年)
  2. Onnelin ja Annelin talvi(1968年)
  3. Onneli, Anneli ja orpolapset(1971年)
  4. Onneli, Anneli ja nuktuskello(1983年)
3作目と4作目について、内容を簡単にメモしておきます。

Onneli, Anneli ja orpolapset

オンネリとアンネリの家の近くにできた孤児院が事件?の発端となる。2人は、そこを抜け出してきたという Pekki と知り合い、孤児院の子どもたちが、そこの院長に無下に扱われていることを知ります。

Pekka、そして事情を知ったオンネリとアンネリは、Vaaksanheimo 家族(シリーズ2作目で登場した小人の家族)の協力も得て、子どもたちを院長のもとから助け出そうとするのです。

Onneli, Anneli ja nuktuskello

新しく作られる自動車道が、オンネリとアンネリのお隣、Tingelstiina・Tangelstiina姉妹の家を通るといいます。新しくできた工場のために、新しい、真っ直ぐな道が必要だから。

さらに、近くを流れる川が汚染されていることに気づく Ruuskuja(バラ通り) の住人たち。工場と何か関係がある?

一方、Tingelstiina たちの弟である発明家 Vekotiitus は、近所の住人たちに、素晴らしい発明品を公表しました。その名も nukutuskello(↔ herätyskello 目覚し時計)。

のちこの nukutuskello は、事件解決に一役買うことになります。

映画

『オンネリとアンネリのおうち』と『オンネリとアンネリの冬』と同様、シリーズ3作目と4作目も映画化されています。

3作目を原作にした映画は、映画名が原作とは異なります。(Onneli, Anneli ja salaperäinen muukalainen)


4作目を原作とした映画は、この冬公開されたばかり。前作まで主人公たちを演じてきた女の子たちは、もう大きくなりすぎちゃったのでしょう。この映画では、主人公を演じるのが別の女の子たちです。


「オンネリとアンネリ」シリーズの3作目と4作目は、そのうち日本語訳もされるのかな。映画はどうだろ?日本でもそのうち公開されるのでしょうか?

"Onnelin ja Annelin kootut kertomukset"の意味

kertomus 物語 の複数主格が kertomukset。それを修飾しているのが kootut、動詞 koota 集める の受動過去分詞 koottu の複数形。

書名全体を日本語にすると「オンネリとアンネリの物語集」って感じかな?

2019年1月23日

📕【ジュニア文学】Syvyyksissä:12歳の少女の戦い

紙の本もオーディオブックも出版されていますが、私が読んだのは、図書館から借りた電子ブック。

Syvyyksissä: Synkät vedet 1

月、松の木、海、舟、海岸。そしてその薄暗い風景の中に、ホタルのような小さな幾つかの光。妖精? …読後に表紙を改めてじっくり見ると、本の内容をよく表していることに気づきます。

Syvyyksissä
– Synkät vedet 1 –
著者:Camilla Sten & Veveca Sten
訳者:Tuula Kojo
表紙:Eric Thunfors
出版: Otava , 2017年

Tuvaは12歳の少女。両親とともに島に住んでいいます。通学はÖstermanが操縦するスクール船で。同じスクール船には、他のいくつかの島からも少年・少女たちが乗り込んできます。そして学校もやはり島にあるのです。

そんなふうに海に囲まれた生活をしてきたTuvaにとって、海は慣れ親しんだ身近な存在のはず。ところがこの秋は、何故か胸騒ぎがする。海を見るのが怖い。

ある日、学校でのオリエンテーリング中にTuvaのクラスの少年Axelが行方不明に。同じ頃Tuvaは、妖精たちを目にします。

それが何を意味するのかTuvaにはわかりません。そもそも、妖精がいること自体が信じられない。でも、Axelと親しい友達同士であったRasmusも、同じように妖精を見ている。

TuvaもRasmusも、大人たちにはこのことが話せません。きっと信じてはもらえないから。でも、お互いに話すことで2人は少し心を軽くするのです。

Tuvaの胸騒ぎは静まりません。海に何かがいる…

Tuvaと父親の乗る船が転覆します。2人とも無事でした。でもこのとき、Tuvaは自分の中の何かに気づくのでした。

そしてTuvaは自分の出生の秘密を知ることになります。自分が何者なのかということも。自分に課せられたあまりにも重い期待。そんな期待には応えられそうにない。怖い。死ぬかもしれない。

それでもTuvaは、暗い海に出るのです。母を助けようと。



本の紹介文を読んだはずなのに、実は、何故か大人向けのミステリー系の本だろうと誤解したまま借りました。でも、蓋をあけてみたらジュニア文学。読みやすかったし面白かったから、ラッキーだったかも。

作品の背景には、海水汚染の問題を考えてもらいたいという、著者たちの意図があるようです。作品の舞台にもなっているバルト海は、特に汚染の進んだ海だということだし。

文学作品でのきっかけ作りがどれだけ効果のあるものなのかはわかりません。でも、なかなか粋なアイデアだと思います。

著者の一人、Viveca Sten(ヴィヴェカ・ステン 1959年生まれ)は、スウェーデンの推理小説作家。彼女の作品の中には、日本語訳されているものもあるようです。

もう一人の著者、Camilla Sten(1992年生まれ)は、Vivica Stenの娘だそう。母娘で一つの作品を書くなんて、なんだかほっこり。

"Syvyyksissä: Synkät vedet 1"の意味

syvyys 深さ の複数内格が syvyyksissä。「深いところで」とでも訳せばいいのかな。

作品は 「Synkät vedetシリーズ」の1冊目らしい。
synkkä 暗い の複数主格が synkät
vesiの複数主格が vedet
つまりシリーズ名は「暗い水」。

原作名はスウェーデン語『Djupgraven』。

2019年1月15日

📕【コラム集】Maailmanloppu peruttu:天文学者のコラム集

紙の本もあるけれど、私が読んだのは電子ブック。いつものように図書館から借りました。

Maailmanloppu peruttu

表紙は著者の顔写真。天文学者だけれど、学問とは全然かかわりのない人たちにもそれなりに知られているみたい。なにしろ私でさえも知っていたのだから。

もっとお髭のなが~いおじさんだったように覚えています。あの立派なお髭はいつどこへ行っちゃったんだろう?!

Maaimanloppu peruttu:
Kootut kolumnit II
著者:Esko Valtaoja
出版:Ursa , 2018年

著者のコラムが集められた本。2014年の4月から2018年の初めにかけて新聞や雑誌に掲載されたコラムが、時系列にまとめられています。

話題は様々。彼は天文学者だし、この本は Ursa(Tähtitieteellinen yhdistys~天文学協会)によって出版されているぐらいだから、多少は天文学に関する話題も出てくるけれど。

それぞれのコラムは当然ひとつの独立したもの。それでも全体を読んでいく中で伝わってくることはあります。

たとえば著者が、大の本好きだということ。そして、人の成長のためには読書が非常に重要だと考えているらしいこと。

さらに、著者は現代や未来を楽天的にとらえているということ。戦争やらテロやらのニュースを耳にする今日ではあっても、長い目で見れば人々の生活はより良くなっています。さらなる科学技術の進歩は、人の生活をなおいっそう豊かにすると考えているらしい。

まあ、いわれてみれば確かに。飢餓だって伝染病だって戦争だって殺人だって、数十年前と比べれば、ずっと減っているって統計もあるみたい。

そういえば、テロで死ぬ人の数よりもずっと多いのが交通事故死で、さらに多いのが労働災害だってことも書いてあったな。だから、テロ防止のためにお金をかけるんじゃなくて、労働災害防止にお金をかけたほうが、多くの人の命が救えるだろうって。

視点を変えれば世の中の見え方も変わるもの。狭い視点からしか物事を見ることができない、あるいは、視点を変えることができないというのは、危ないことなのかもしれない。だから、本を読んだほうがいいってことなのでしょう。

著者 Esko Valtaoja(1951年生まれ)は天文学者。大学教授をつとめ、2015年9月に大学を定年退職。彼は、難しい科学の内容を一般人にもわかりやすく書いたり話したりしてくれるってことでも知られているようです。

"Maaimanloppu peruttu: Kootut kolumnit II"の意味

maailmanloppu maailma 世界 の単数属格 maailman  と loppu 終了 がくっついた言葉なので、世界滅亡 って感じの意味になるのかな。peruttu は、動詞 perua 中止する・撤回する の受動過去分詞。

つまり、「maailmanloppu peruttu」で、「世界滅亡は撤回された」という意味。おそらく書名ということで「Maailmanloppu on peruttu」の「on」が抜けているんだと思う。

次に副題の方。

kolumni は コラム のことで、ここでは複数主格。だからそれを装飾する kootut も複数主格。単数形だと koottu。これは動詞 koota 集める の受動過去分詞。最後のⅡはもちろん2のこと。

集められたコラム第2集、つまり「コラム集2」ということ。

いずれにしても「Maailmanloppu peruttu」という書名は、著者が前向きに未来を見ていることの現れなのだと思います。この言葉、コラムの題としては出てこなかったけれど、本文の中にはありました。

2019年1月1日

📕【児童文学】Onnelin ja Annelin talvi:『オンネリとアンネリのふゆ』原作

今回も図書館から借りた電子ブック。

『Onnelin ja Annelin talo(オンネリとアンネリのおうち)』( 📕【児童文学】Onnelin ja Annelin talo:『オンネリとアンネリのおうち』原作)の続編です。

Onnelin ja Annelin talvi

私が図書館から借りた電子ブックは、なぜかこんな表紙。でも、店頭にある本の表紙は、『Onnelin ja Annelin talo』と同じように、映画で活躍した女の子たちで飾られています。(参考: Onnelin ja Annelin talvi

Onnelin ja Annelin talvi
著者:Marjatta Kurenniemi
出版: WSOY , 2016年(初版 1968年)

冬も間近。庭の冬支度が終わり一息ついているオンネリとアンネリのもとに、Ruusupuu(バラの木)夫人を訪ねて、小さな客人たち…Vaaksanheimo一家…がやってきます。

今まで住んでいた家が壊され、今は住むところがない Vaaksanheimo一家。世の中には、彼らにとっての危険がいっぱいなのに。

事情を知ったオンネリとアンネリは、Ruusupuu夫人の今の住所が分かるまで、Vaaksanheimo一家に2人の家にあるドールハウスで過ごしてもらうことに。

Vaaksanheimo一家と一緒に楽しく平和な毎日を送るオンネリとアンネリ。ところがある日、その平和が脅かされることに。…

*****

オンネリもアンネリも、とってもいい子。家事もしっかりこなすし、喧嘩なんかしないし、思いやりがあるし。1960年代に書かれた作品です。当時の理想の女の子像なのかもしれない。今の児童文学にはあまりないタイプじゃないかなあ。

でも、こういう一昔前の作品は、ほっこりしていて気持ちよく読めるのがいい。さらにおまけとして、今どきはあまり聞かない言葉を覚えることができます。

例えば、『オンネリとアンネリのおうち』にもこの本にもたびたび出てきた動詞 niiata。女性が膝をちょっと曲げてする挨拶があるじゃないですか。そんな挨拶をすることが niiata らしいです。日本語だとどんな表現になるのでしょう? 挨拶する? 会釈する? それとももっと適切な言葉があるのかな…

これらの本を読むまで知らなかった単語です。もちろん、まだまだ語彙不足💦だってことでもあります。でもそもそも、現代の日常生活の中で、そんな挨拶を見かけることなんてほとんどない! niiata にあたるであろう挨拶は、確かに舞台や映画などでは見たことはあるけれど。

『Onneli ja Annelin talvi』が最初に出版されてから約50年。もちろん今も楽しめる本です。でも、なんとなく昔の香りがして懐かしい気も。1960年代のフィンランドなんて全く知らないはずなのに。ちょうど、昭和時代を思い起こす…そんな感じ。

"Onnelin ja Annelin talvi"の意味

前作『Onnelin ja Annelin talo』との違いは talo talvi となっていることだけ。

ということで、日本語版の書名は、フィンランド語からの訳になっているのが分かります。


映画版

『オンネリとアンネリのふゆ』は、映画にもなっています。フィンランドでは2015年の公開。

日本語版の予告動画もあるけれど、ここには、フィンランド語版の予告動画を置いておきます。


日本語版の予告動画は、映画の公式サイト(下記)で見ることができます。

同じ映画の予告版だけれど、構成がちょっと違うので見比べるのも面白いかも。

参考サイト

映画「オンネリとアンネリのふゆ」公式サイト
オンネリとアンネリのふゆ|福音館書店

2018年12月22日

📕【絵本】Lumiukon maa:幼児への読み聞かせの本

絵本…といっても、電子ブック。今どきは、小さい子どもへの読み聞かせの本も電子ブック化されているんですねえ。

Lumiukon maa: Hullunkurinen porkkana

今回の写真は、私が電子ブックを読むときに使っている機器で見たこの本の表紙。図書館の電子ブックは、この年季の入った iPad に図書館既定のソフトを入れて読んでます。(年季が入りすぎて、ホームボタンがうまく作動しないことが多々あるため、画面にもホームボタン付けてます)

Lumiukon maa
- Hullunkurinen porkkana -
著者:Hilander & Maygood
出版:Hima Light, 2011年

雪の国に住む雪だるま家族の話。

ある日、子どもの Huurre と Hiutale が、オレンジ色のものが雪から顔をだしているのを見つけます。よく見るとそれは、ミニニンジンでした。ニンジンといえば、雪だるまの鼻!!

雪だるま家族はそのミニニンジンを使って楽しい一日を過ごします。

*****

幼児への就寝前の読み聞かせのための作品。短くてほんわりしてます。絵も楽しい。それだけに、電子ブックなのがもったいない。こういう本は、大判の絵本のほうが楽しめそうな気がします。

もっとも、ちょっと興味本位でこうして借りて目を通すには、電子ブックは便利ですね。電子ブックだと何回借りても、本が傷まないっていう利点もあるかな。

"Lumiukon maa: Hullunkurinen porkkana"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • lumiukonlumiukko 雪だるまlumi + ukko 爺さん・男)の単数属格
  • maa
  • hullunkurinenへんてこ
  • porkkanaニンジン
つまり「雪だるまの国: へんてこなニンジン」。

著者・出版社について

この本を出版しているのは、Hima Light っていう会社。でも、そこは出版社ではなくて、どうやらグラフィックデザインの会社らしい。そういう背景もあるのか、この『Lumiukon maa』には紙版はなく、電子ブックのみ。

著者についてもよくわからないのですよ。本に明記されているのは明らかにフルネームじゃないけれど、それがペンネームなのか苗字なのかも、私にはわかりませぬ (-_-;)

2018年12月19日

📕【自己啓発】Kuinka olla piittaamatta p*skaakaan:『その「決断」がすべてを解決する』フィンランド語版

この本は、今、図書館からよく借りられているらしい。電子ブックも全部貸し出し中ってことが多いのです。でも数日前、たまたまこの電子ブックが借りられる状態になっていたので、ここぞとばかりに借りました。

さっき、地域の図書館のこの本の予約状況を見たら、130名あまりが現在予約中。借りることができたときにさっさと電子ブックで借りたのは正解でした。

Kuinka olla piittaamatta p*skaakaan: Nurinkurinen opas hyvään elämään

参考までに、これ ↓ が原作である英語版の表紙。


そしてこれ ↓ がフィンランド語版の表紙。フィンランド語は英語とは全然違う言語だけれど、もとの表紙デザインをあまり崩すことなくフィンランド語化させてます。ハイフンを使用せざるを得ないところは、やっぱりフィンランド語。フィンランド語って長い語が多いもの。

Kuinka olla piittaamatta p*skaakaan
- Nurinkurinen opas hyvään elämään -
著者:Mark Manson
訳者:Aura Nurmi
出版:Atena , 2018年

いわゆる、自己啓発本。書名と本の紹介文を見て、その系の本としては新鮮な内容かもしれないと思って読み始めました。

ん~でもどうだろ? 思ったほどには新鮮じゃなかったな、というのが正直なところ。

私は勝手に、自己啓発本は大きく分けて3つの系統があると考えています。実際には、どの本にもいろんな要素がまじりあっているのだろうけれど。

ひとつはバリバリ系。成功、あるいはたゆまない自己研鑚をうながすってやつ。
もうひとつがスピリット系、信じればうまくいくってやつ。
さらなるひとつが人生哲学系、普通の人の普通の人生をよりよく生きることのヒントなどが書かれているやつ。

この本は、この3つの分け方でいうと人生哲学系。よくあるバリバリ系の自己啓発本とは違うところが読者に受け入れられているんじゃないかな。


私が読んだのは電子ブックだけれど、もちろん普通の本もあります。それも、ハードカバーとソフトカバーが。さらにはオーディオブックも。それだけ人気があるということか?

こちらは出版社のサイトの、この本の電子ブック版紹介ページ。


本の中身の見本も公開されています。



この本は、日本語でも出版されているもよう。


"Kuinka olla piittaamatta p*skaakaan: Nurinkurinen opas hyvään elämään"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • kuinkaいかに・どのように
  • ollaいる・ある
  • piittaamattapiitata 気にする・気にかける の第3不定詞欠格
  • p*askaakaan = paskaakaanpaska + 付加詞 -kaan
  • nurinkurinen逆の・ちぐはぐな
  • opasガイド
  • hyväänhyvä よい の入格
  • elämäänelämä 人生 の入格
piittaamatta paskaakaan は、まったく気にしない(糞ほども気にしない)こと。こんな時、日本語だと「糞」じゃなくて「屁」を使うのかな。「屁とも思わない」とか言いますものね。

それにしても、全体を日本語にしようと思うと難しい。意味は分かっても、それを日本語らしい日本語で表せない 😢 

とりあえず「気に病まずに生きるには:良い人生のためのちぐはぐガイド」とでも訳しておきます。

原書である英語の書名は『The subtle art of not giving a f*ck:  A Counterintuitive Approach to Living a Good Life』。

日本語版は表紙だけでなく、書名も原作とはだいぶ違うのね…

著者について

Mark Manson(マーク・マンソン 1984年~)はアメリカ合衆国の作家・ブロッガー・企業家。 ニューヨーク在住。

2018年12月16日

📕【短編童話集】Näkymätön lapsi ja muita kertomuksia:『ムーミン谷の仲間たち』フィンランド語版

図書館からオーディオブックを借りてみました。

だいぶ前にもオーディオブックを試しに借りたことがありました。でもその時はブラウザもアプリも使い心地がよくなくて、それっきりに。

でも今回久しぶりに借りてみたら、アプリも前より安定していて、使い心地もそう悪くない。音声の速さも0.5倍から3倍まで調節が可能。フィンランド語がまだ通常の速さで聞き取れない人も活用できそうです。逆に速聴もできますね。でも、3倍の速さで聞き取れる人なんているのだろうか? 私は、かなり集中しても2倍が限界でした。

なにはともあれ、オーディオブックの何がいいって、他のことをしながら本が読める(聴ける)こと。これからはもっと活用していくつもり。

Näkymätön lapsi ja muita kertomuksia

Näkymätön lapsi ja muita kertomuksia
著者:Tove Jansson
訳者:Laila Järvinen
朗読者:Tytti Paavolainen, Ahti Jokinen
出版: WSOY , 2015年

ムーミンシリーズは日本でもよく知られているし、この本も『ムーミン谷の仲間たち』という名で日本語訳されています。だから、ちょっとググれば、本のあらすじなどもすぐ見つけることができるはず。そんなわけで、ここではそれはおいておきましょう。

そのかわり、驚いたことをひとつ。

今回初めて、フィンランド語でムーミンシリーズを読み(聴き)ました。そして初めて知りました。ムーミン谷の住人たちの手は「käsi」じゃなくて「käpälä」だった!!!

フィンランド語で人の手のことを käsi っていうけれど、ムーミン谷の住人たちの手は käsi じゃないんですよ。考えてみれば、確かに彼らは人間ではない…

一方、 käpälä といえば一般には犬や猫や熊などの足。そして実は、ムーミン谷の住人たちの四肢も käpälä。ムーミン家族はともかく、スナフキン(フィンランド語名 Nuuskamuikkunen)の手も käpälä なのです。この本を読む(聴く)まで、全く知りませんでしたわ💦  

日本語訳は「手」になっているのかな? ムーミンシリーズはずうっと昔に読んだことあるけれど、そのへんのことはぜんぜん覚えてない…


出版社のサイトからの参考ページです。


もちろんこの作品は、印刷されて本にもなっています。どうやらペーパーバックもあるらしく(Näkymätön lapsi ja muita kertomuksia )、そのサンプルページがあったのでリンクしておきます。



そして日本語版。Kindle版もあるみたい。


"Näkymätön lapsi ja muita kertomuksia"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • näkymätön見えない
  • lapsi子ども
  • ja~と
  • muitamuu 他(の)の複数分格
  • kertomuksiakertomus 物語 の複数分格
「見えない子どもと他の物語」という意味になります。

原作はスウェーデン語『Det osynliga barnet och andra berättelser』。フィンランド語の書名は、このスウェーデン語からの訳になってますね、きっと。

日本語の書名は意味からすると原作の書名とは違うけど、わかりやすくていい書名だなって思います。さすがですよね、翻訳者とか出版社って。

著者について

Tove Jansson(トーベ・ヤンソン 1914~2001年)は、ヘルシンキ生まれの作家、画家、イラストレーター、哲学博士。

ムーミンの生みの親ということで、日本では一番よく知られているフィンランド人作家かもしれません。彼女やムーミンについて書かれている日本語のサイトはたくさんあるので、詳しくはそちらのほうをごらんください。

最後に蛇足…

彼女の母語はスウェーデン語。ムーミンの原作もスウェーデン語で書かれています。つまり、ムーミンを原作で読みたければフィンランド語ではなくスウェーデン語を勉強しなきゃいけませぬ。たまに誤解されていることがあるようなので、念のため…

2018年12月10日

📕【ミステリー】Rajamaat:少女誘拐犯を追う

以前読んだ本( 📕【ミステリー】Sydänmaa:8年前の殺人事件の真相をさぐる)の続き…じゃなくてその逆。これはシリーズの1作目。以前読んだのがその続き。

『Sydänmaa』は電子ブックで読んだけれど、この『Rajamaat』は紙の本で読みました。紙の本は好きだし、タブレットで読むより目が疲れなくていいけれど、文字を大きくできないのが難点。小さい文字を読むのがつらくなってきているお年頃なので。

Rajamaat

出版社のページにあったのは、なぜか借りてきた本とはちょっと違う表紙。薄暗い背景に、船小屋と小さな舟が描かれているところまでは同じなんだけど、借りてきた本の表紙には歯車の絵がない! なんでだろ? 版がちがうのかな???

Rajamaat
著者:Arne Dahl
訳者:Kari Koski
出版: Into Kustannus , 2017年

15歳の少女の誘拐事件。Sam Berger警部たちが捜査を進めるも、なかなか手がかりがつかめません。

やっと見つけた事件とかかわりがありそうな女性は、実は秘密警察の一員 Molly Blomであることが判明。秘密捜査を専門とする彼女が、まったく別の人間に成りすましていたのでした。

Sam と Molly には犯人が誰か見当がついているのだけれど、具体的な証拠がないために、正規の調査はすすみません。そこで2人は職場から姿を隠し、影の調査をすすめていきます。

Sam そして Molly はそれぞれ忘れたい過去の経験があり、犯人はその過去と密接なつながりが。犯人を捜し出すことは、その忘れたい経験と向き合うことでもありました。

*****

この本を先に読んでから、続編『Sydänmaa』を読めばよかったとつくづく思いました。単独に読んでも特に問題のないシリーズものもありますが、これは順番に読んでいくべき作品。

1冊の本の中で単独にとり扱われ解決する事件がある一方で、シリーズ全体に横たわる、何か大きな組織にかかわる何か大きな秘密があるらしい。そしてそれらが、シリーズの底辺にあり、今まで読んだ作品までだとまだ未解決。シリーズの1作目にしても2作目にしても、続きが読みたい!ってところで終わるのです。

どうやら3作目は、スウェーデン語ではすでに出版されている様子。でも、フィンランド語版はまだありません。いつ出版されるだろ?

出版社のサイトにあった、この本に関するページです。


"Rajamaat"の意味

raja 境目 のこと、maa 土地 とか とか 地域 のこと。rajamaa は、これら2つの言葉の複合語。語尾に -t がついているので、その複数主格。

ここでは、境界 とか あるいは 狭間 ? もしくは、他にもっといい日本語をご自由にお考えくださいませ。

原作はスウェーデン語。書名は『Utmarker』。


この本の英語版? 書名からだと定かじゃないけど、シリーズ名を見る限り、フィンランド語版『Rajamaat』『Sydänmaa』と同じ本っぽい。

2018年12月4日

📕【推理小説】Kuolema sanelee ehdot:ジョイ・グレース警部シリーズ第14作

以前に読んだ本( 📖【推理小説】Kuolema ei rakasta ketään:ジョイ・グレース警部シリーズ第13作)の続きになります。

特に気に入ったというわけではなかったのだけれど、なんとなく勢いで図書館に予約してあった本。新刊ということもあってか、他にも予約者がたくさん。予約してから借りるまで1か月ぐらい待ちました。

まだ予約者多いみたいです。さっきうちの地域の図書館をチェックしてみたら、いまだ66人が予約中でした。

Kuolema sanelee ehdot

前作と同じ雰囲気の表紙。ルーレットの絵は、作品の中のギャンブル依存症の人に関連させてるのかな?

Kuolema sanelee ehdot
著者:Peter James
訳者:Maikki Soro
出版: Minerva Kustannus Oy  , 2018年

街の人々が待ち望んでいたサッカーの試合を前に、その試合が行われるスタジアムに、脅迫の電話が。お金を払わなければ満員のスタジアムを爆破すると。

さらに、その試合の最中、Kipp Broun の息子 Mungo が誘拐されます。

2つの事件につながりはあるのか?! Roy Grace がチームとともに事件解決にいどみます。

*****

この作品、読みやすいです。だからなおさら、このシリーズは人気があるのかな? ひとつの章が短くて、場面もテンポ良く変わり、読み手を飽きさせない。そして、関連のなさそうな出来事の数々が、徐々に関連付けられていくのがまた面白いのです。


"Kuolema sanelee ehdot"の意味

この書名も前作と同じように文になっています。

主語は kuolema 。動詞が sanella 命ずる・要求する の現在形3人称単数 sanelee。その目的語が ehto 条件 の複数主格(対格)ehdot

と、単純な文なのにうまく日本語に訳せない…💦💦「死が条件を決める」って感じですかね?

ちなみに原作である英語の書名は『Dead if you don't』です。

2018年11月30日

📕【社会】21 oppituntia maailman tilasta:ユヴァル・ノア・ハラリの新刊

以前読んだ同じ作者の2冊の本( 📖【歴史】Homo Deus:『ホモ・デウス』フィンランド語版 📖【歴史】Sapiens:『サピエンス全史』のフィンランド語版 が面白かったので、新刊も読んでみることにしました。

でも、そう思ったのは私だけではなかったらしい。図書館でこの本を予約したときには、もう数十人が予約済み。私が借りることができたのは、予約してから2か月後でした。

21 oppituntia maailman tilasta

21 oppituntia maailman tilasta
著者:Yuval Noah Harari
訳者:Jaana Iso-Markku
出版: Bazar Kustannus , 2018年

『サピエンス全史』の焦点は人間の歴史、つまり過去。そして『ホモ・デウス』の焦点は未来。それに続くこの本は、現代に焦点があてられています。

内容的には以前の本と重なるところも多いけれど、彼の本はやっぱり面白い。宗教に関する言い伝えをフェイクニュースと、あるいは聖書をハリーポッターと同格にしてしまうところとか、なんとも小気味がいいし。

そうそう、日本が例に挙げられている個所もありました。例えば、開国後の日本の政府が、いかに日本人としてのアイデンティティーを国民の中に作り上げていったかって話。さらっと書かれているから、「極○○」の思想の持ち主だとしても、さらっと読めるんじゃないかと思います。…でもそういう方々は、こんな本は読まないかもなあ。

フィンランド語版の出版社のページです。



日本語版はまだ無いようです。もっとも、『ホモ・デウス』が今年になってやっと翻訳・出版。この本がもし翻訳されるとしても、だいぶ先のことになるのかも。

どうしても読みたいときには、英語版を読むしかないのかな…。


"21 oppituntia maailman tilasta"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • oppituntiaoppitunti 授業・レッスンoppi 学ぶこと・学問 + tunti 時間)の単数分格
  • maailmanmaailma 世界 の属格
  • tilastatila 状況 の出格
つまり「世界の状況に関する21のレッスン」。

原題は英語で、『21 Lessons for the 21st Century』なので、フィンランド語版の書名は全くの直訳というわけではなさそうです。

フィンランドではあまり、「○世紀」といういいかたをしないので、それを考慮に入れての書名なのかも。